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王舎城の悲劇 [学問]

今日は真学のお話です。「真学てなあに?」て感じですけど、神学の浄土真宗版みたいなものかなあと思います。
仏教の経典に「観無量寿経」というのがあります。
そこに2000年前に実際あった事件を題材にした物語があります。それが王舎城の悲劇です。因縁
マダガ国の王頻婆裟羅は老いて子がなく、占い師に尋ねました。すると仙人が3年後になくなり、王の子として生まれ変わるだろうという答えでした。 王は3年待ちきれなくなり、仙人と殺害してしまいました。妻のい提希(イダイケ)(イは偉の人偏をとった文字でだせません)
はまもなく王子を出産しました。それが阿じゃ世(じゃは門構えに中に者みたいな字です。だせません・・・)です。
王は仙人の呪いを恐れて生まれてくる王子を殺そうとします。でもイダイケはわが子を殺せず、産み落とします。

生まれた王子が、たくらみにより出生の秘密きかされ憎悪の塊となります。

物語の展開
王子は王を幽閉します。イダイケは王に食物を差し入れします。
イダイケの差し入れで王が存命なことを知り、王子は怒り、イダイケを殺害しようとします。
イダイケは閉じ込められます。
親殺しとして、王子も苦悩を背負っていきます。
でも最後はみんな仏の救いがあるというお話です。



これをどう真学では読み解くかです。
これはエゴイズムのぶつかり合いだそうです。
加害者厳罰は疑問があります。加害者は元被害者のようです。
王である親殺しの大罪を犯して、母をも殺そうとしています。残忍な加害者ですが、この王子も元を正せば被害者です。

因縁で人は網の目で捉われているそうです。エゴで対立して破滅していったようです。
チンパンジーの世界も対立しますが、破滅していかないそうです。畜生なのは人間のほうなんでしょうか?

王子に自責の気持ちや後悔の気持ちがあればすくわれるそうです。これが人間性の回復だそうです。
仏はこの人達すべてを浄土にうけいれるそうです。
真学でこういう解釈でした。
(不充分なので、詳しく知りたい方は書物をどうぞ。)


うちの感想
 洋の東西問わず、悲惨な事件が後をたたないんですねえ。どうして白黒論理なんでしょう?極端なんでしょう?
どうして相手を徹底的に叩くんでしょう?   
温かく見守る、受け入れるというのは人間には無理なんでしょうか?
せめてチンパンジーのように致命傷あたえないようにならないかしら?




参考に
安富さん著書
親鸞・信の構造
清沢満之と個の思想

ぜひごらんください。
怒りの感情http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2007-10-06
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コメント 4

yumi

事件・トラブルがあるのは
人間性の回復が簡単なようで難しいからなのでしょうか?
争いを好む人がいるとは思えないのですが。。。


by yumi (2008-05-26 09:09) 

ayu15

そうですねえ・・そうかも?
でもこの場合の「救い」は一通り惨劇が起きた後の救いなんですよねえ・・・。どうしたらこのように極端でなく緩和できるのかとても難しいです。
by ayu15 (2008-05-26 09:46) 

ayu15

rararinndouさんありがとうございます。
みんなに救いがありますように。


by ayu15 (2008-05-28 10:29) 

ayu15

あいこさん


きぃ*さん

ナイスありがとうございます。


相手を徹底的に叩かず  
温かく見守る、受け入れるほうにむかうとおだやかになるような気がします。
by ayu15 (2013-07-28 11:23) 

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